幸いなことに、僕は毒にも薬にもならない存在であるがゆえか、ネット上のトラブルに巻き込まれることは殆ど無い。
それでも長いことSNSを利用していると、ごく稀にではあるが火の粉が降りかかってくる事がある。
そろそろほとぼりも冷めた頃合いなので書くが、数年前、Twitter (現X)上で特定のフォロワーからいわれのない誹謗中傷を受ける出来事があった。
以下はあくまで僕の主観に基づく一方的な認識であり、また、特定を避けるため全ての事実を正確に語るわけではない点に注意してお読み頂きたい。
それがいつ始まったのか、はっきりとは分からない。 ただ、見る人が見たら明らかに僕宛てと分かる内容の暴言が、まるで独り言のように連投されている事に気付き、衝撃と困惑を覚えたものであった。
僕が目にすることを分かっていてやっているのか、それとも、何も事情を知らないフォロワーを誑かすためのアピールだったのか──いずれにせよ一連の投稿には僕に対する悪意が込められている事だけは確かだった。
それまでは比較的良好な関係でそれなりに愛想よく絡む事もあったのだが、あまりに突然の態度の豹変に一体何が起きたのか咄嗟には理解できなかった。
未だに真相は不明で、今となっては確かめる術もないが、まぁ、人それぞれ箍が緩めばときにはこんなこともあるかと仕方なくフォローを外したところ、当てつけのように向こうからブロックされてしまい、結局それきりである。
正直なところ、相手の良識に僅かながら期待していたところもあったのだが、この時点で完全に関係は断絶した。
ちなみに彼は僕以外の利用者にも突如暴言を吐いてトラブルを起こしては絶交するというムーブを繰り返していたので(その上、言うに事欠いて“晒し”や“死体蹴り”投稿をするので、二者間のいざこざがフォロワー全体に知れ渡る)、恐らく僕のときもただただ運が悪かっただけなのかも知れない。
だが、攻撃が届かなくなってしまえば、べつにそれ以上なにか実害があるわけでもなく、幸いにしてファンネルが飛んでくることも無かったので、そのことはすっかり忘れて僕自身はもとの日常に戻っていた。
── ちなみに僕はこれを勝手に『動物園の檻効果』と名付けている。 たとえ猛獣がどれだけ威嚇してこようとも、間に檻さえあれば客が直接身の危険に晒される心配はないのと同じ事である。
言うまでもなく、心にわだかまりが残る出来事を自身の記憶から完全に消し去ることは難しい。 しかし遠い遠い遙か彼方の出来事として「捨ててもいい記憶」「忘れてもいい記憶」とラベリングしてしまえば、普段の生活で思い出すことは減っていく。
いくら思い詰めても、あるいは意に介さなくても、どのみち結果は大して変わらない。 ならばラクに生きる方が幸せではないか。
必要以上に被害者意識に囚われることなく、無理に関わり続けようともせず、淡々とミュートなりブロックなりして檻を築いたあとは考えないようにするのが精神衛生上よろしいのではないかと思っている。
ところで、“そんなに忘るべき過去の一悶着をわざわざここに書き残してしまっては元も子もないではないか”と思うかも知れないが、今回に限ってまたぞろこのような話を掘り返した事には一応僕なりの理由がある。
かつて僕を攻撃していたアカウントが「凍結」されて、死に体のまま転がっている事を最近になってたまたま知ったので、これにて最終決着ということで、弔いの意味も込めてけじめをつけておきたかったからだ。
ご存知無い方のために少しだけ補足すると、凍結とはルール違反のアカウントに対する制裁措置で、これを喰らうことは事実上の追放を意味する。
凍結されたアカウントは過去の投稿が全て閲覧不可になり、新規投稿も当然できない。 しかのみならずフォロー / フォロワーは全解除扱いとなる。 当該アカウントのプロフィールページには、ルール違反により凍結した旨の文言がさながら墓標のごとく表示される。
さらに今後、新たなアカウントを作成する事すらもできなくなる。 要するに死刑に匹敵する強力なペナルティである。
当該アカウントの凍結を知った経緯については少々面倒な話が絡むので詳細はぼかすが、先に書いたとおり標的を変えては攻撃的な投稿を常習的に繰り返した結果、遂に虎の尾を踏んで呆気なくアカウントごと潰されたというのが真相である。
当人にとっては長年運用してきた愛着あるアカウントだったろうし、凍結はさぞ痛恨事だろうが、迷惑を被った身からすれば宇宙の塵が一つ消えたようなもので、最期はなんとも儚い幕切れであった。
そろそろまとめに入ろう。
ネットやSNSを利用することは、人間同士が直接関わることに他ならないので、些細なトラブルは付き物である。
誤解なきように念押しするが、話の通じない人なんてもともとそこら中にいるのだ。 ネットやSNSによってそれらが可視化されただけに過ぎない。
そして、可視化されたことで問題が起きたなら、ふたたび不可視にすればよく、そのためにミュートやブロックといった機能があるので、自分の身を守るためにも使えるものは使うべきだと思う。
個人間のトラブル程度であればこれで大体終わるので、SNSでやばい人と繋がっている事に気付いてしまったら、あなたのするべき事はたったひとつ、そこに檻を築いて金輪際関わらない事だ。
本来ならばこうしたネガティブな処世術は胸に秘めておきたい事であるし、まして袂を分かつことになった人間がその後どうなろうと知った事ではないのだが、今回は敵対アカウントの末路が分かってそれはそれでスッキリしたという、そういうお話。