直感でわかるフーリエ変換

高校の数学IIの授業でのこと。

先生がなにかの雑談の折、「これは大学で学ぶことだが──」と前置きをした上で、あらゆる関数は三角関数の無限級数で表せるという話をした。

まだ、「無限に足し合わせる」という意味がピンときていなかった僕は、サルがタイプライターを永遠に打鍵し続けたら、いつかシェイクスピアの小説が出来上がるのと同じ話かな、などと頓珍漢な勘違いをしたものである。

── 今日はそんなフーリエ解析のお話。

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SimPy で工場内の滞留在庫をシミュレーションしてみよう

ザ・ゴールとは

かつて2014年 買ってよかった本10選 - たーせる日記でリストアップした奇跡的名著『ザ・ゴール』について、改めてご紹介しよう。

なお、本記事はアフィリエイトやステマではないので安心してお読みいただきたい。

あらすじ

物語の舞台は大企業の地方拠点。 この工場は慢性的な業績不振に悩まされていた。

半年前に所長として赴任したあらろうは、本部長から「3ヶ月以内に業績の立て直しができなければ工場閉鎖」を宣告され、業務改革を決意する。

エリヤフ・ゴールドラット著『ザ・ゴール コミック版』 p.17 より

閉鎖の危機から工場を救うには一体何をすればよいのか、目標ザ・ゴールは果たして何なのか──。

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2025年 買って良かった本10選

2025年も残すところあと僅かである。

思い起こせば今年も随分と濃密な1年であった。生成AIを取り巻く技術も革新が進み、外部環境も(昨年の今頃からは想像もつかないほど)大きく変化した。

ここには書けぬ話ではあるが、窮地に立たされ、もはやこれまでと思った事態も何度かあった。

── しかし、どんなに破滅的な状況であっても生活は続くわけで、命ある限り、歩みを止めるわけにはいかない。

さて本題に入ろう。
今年の締めくくりに、この1年で買って読んだ本から10冊、選りすぐって紹介していきたい。

立場や環境が変わり、仲間が増え、職務内容も変わったことで、去年とはだいぶおもむきの異なるチョイスとなっている。

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S3アップロード用の署名付きURLを発行するLambda(※ 甘く見るといろいろ嵌まる)

こんにちは。 たーせるです。

突然ですが、本業の方でS3 アップロード機能に対する需要がここ近年ゆるやかに増えています。

主にはAPI Gatewayを通すにはデカすぎるファイルを AWS の世界に持ち込む』『とりあえずファイルを溜めておいて、後でまとめてバッチ処理する』あたりが典型的なユースケースなのですが、昨今 AI と連携するシステム要件が増えたせいで、こうした基本的な機能が逆に大事にされるようになった印象が強いです。

たとえば RAG のような仕組みを作るにしても、あるいは前回ご紹介した背景除去を非同期バッチ化したい場合も、クライアントから S3 にファイルをアップロードする機能は当然の如く求められるでしょう。

tercel-tech.hatenablog.com

そもそもこの『S3アップロード』機能、一見簡単そうに見えますが、意外ときちんと作ろうとするとハマりどころがいろいろ潜んでいるのです。

そこで今日は基本に立ち戻りつつ、具体的なソースとともに実装方法をご紹介していきたいと思います。

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入院

訳あって入院することになった。

受付後、病棟へ案内される。
病室の入り口には既に僕の名札がセットされていた。
個室である。

壁のテレビがひときわ目を引く存在感。
ベッドに寝るとちょうどいい位置にあり、空間設計が巧いなぁと思った。

夕ごはん。
ハンバーグと、さやいんげん、にんじん、さつまいもの付け合わせ。写真の外には白菜の漬物と、パイナップル。

横になってしまえば、もはや部屋の広さは分からない。

おやすみなさい。

AWS Lambda で画像の背景除去 API を作ろう

こんにちは。たーせるです。

実は先日、クラウド系のテックカンファレンスにて登壇しました。

スライド資料100ページ強、数十点にも及ぶ図表を駆使したビジュアルでダイナミックなプレゼンが好評を博し、オフライン会場でご聴講いただいた皆様からもポジティブなフィードバックをたくさん頂戴しました。

しかるにその舞台裏を明かすと、登壇の準備には気の遠くなるほどの手間暇がかかっており、たとえば「プレゼン用の画像素材から背景をできるだけ綺麗に取り除く」という地道なしたごしらえにはほとほと手を焼いたものです。

── ここでようやく本題なのですが、「手間のかかる反復作業」ときけば、ツール化したくなるのがプログラマさがであります。

そこで今日は、「画像から背景を消し去る API」を作って AWS Lambda にデプロイする方法をご紹介しましょう。

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最後とは知らぬ最後が過ぎてゆく

盆休みを利用し、久方ぶりに地元へ帰った。
亡き祖父母を偲ぶためである。

祖母が息を引き取ったのは一昨年の秋。
あの年の盆に会ったのが、結果的に永遠の別れとなった。
そのときは、まさかそれが最後になるとは夢にも思わず──。

幼い頃に慣れ親しんだ景色も、しばらくぶりに改めて見るとすでに朽ちつつあった。

街の中心にあった商店街は荒れ果て、往時の賑わいを伝えるものは何ひとつない。
多くの個人商店も鳴りを潜め、残るのはシャッターと空虚な道ばかり。

帰るはずの故郷は、今や別の街の幻影にすぎない。
そこに立っても、もはや「帰ってきた」という実感は生まれない。

胸を満たすのは、喪失感と孤独感である。
それは静かに、しかし確実に、心を圧し潰してゆく。

小中高の頃は、確かに友と呼べる存在がいた。
語り、笑い、未来を語り合った日々もあった。

だが、いまやその多くは途切れた。
LINEが既読のまま応答を絶たれるのはまだ良い方で、連絡先を失い、消息すら不明な人がほとんどである。
人の縁は、残酷なまでにあっけなく途切れる。

一番の親友は大学時代に死んだ。
心の奥底を共有できる相手は、その瞬間に永遠に失われた。
以来、同じ深さで結びつける存在など、もう現れることはなかった。

だからこそ思う。
この街に、いったい何が残っているというのか。
残っているのは──空白と虚無、その二つだけである。

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